不定期に更新しております、真廣寺山門にある掲示板。その味わいを毎回記しておりますが、ここにそのバックナンバーを置きます。
こころをこめて てをにぎる あたたかさなのだ ーー「さよなら」は 〜アン・モロー・リンドバーグ〜
「挨拶」、よく考えると面白いものです。たとえば「おはようございます」。直訳すれば「早いですね」と言っているわけです。何が早いのでしょう。しかも丁寧に「お」と「ございます」までつけて。「こんばんは」も、言ってしまえば「夜ですね」です。
「おはよう」の語源は、一説には歌舞伎に由来するとのこと。役者が早い時間に到着したことを「お早くおつきになられました」と声がけしたことから挨拶に転じたそうです。このように、日常の言葉が、いつしか挨拶にかわるわけですね。
そんな挨拶の中で、日本語の「さよなら」に注目し、その由来について素敵な文章を残した方がいます。それが「アン・モロー・リンドバーグ」さんです。大西洋単独無着陸飛行を成し遂げ、「翼よ、あれがパリの灯だ」という言葉で有名なリンドバーグ大佐の奥さまです。
彼女は1931(昭和6)年、夫とともに北太平洋調査飛行で日本を訪れ、その感動を書き残しています。
「サヨナラ」を文字どおりに訳すと「そうならなければならないなら」という意味だという。これまで耳にした別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉をわたしは知らない。(中略)「サヨナラ」は言いすぎもしなければ、言い足りなくもない。それは事実をあるがままに受け入れている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。(『翼よ、北に』みすず書房)
英語には Good-bye や Farewell という別れの挨拶がありますが、相手を前へ送り出すような響きがあります。それに対し「さよなら」は、「左様ならば」が語源。つまり、「そうであるならば」「お別れしなければならないのならば」という、深い見きわめと、別れの悲しさの両方を、一言で受けとめているように思います。
私は意味としては知っていましたが、彼女の言葉を通して、改めてこの「さよなら」に出あい直したような深い感動を覚えました。
そういえば、南無阿弥陀仏の「南無」も、インドの挨拶・「ナマステ」に通じる言葉です。目の前のあなたに頭が下がる、という意味を持ちます。ほとけさまに頭が下がる。その「南無」は「帰命」と訳されます。この身ごと、ほとけさまのはたらきにまかせていく言葉、といただけるでしょうか。今月は、奥深い挨拶の世界を味わってみました。
まことにもって にんげんは いずるいきは いるをまたぬ ならい なり 〜れんにょしょうにん〜
本願寺第八代・蓮如上人のお手紙『御文(御文章)』二帖目五通「珠数」に出てくる言葉です。
「まことにもって人間は、出ずる息は入るを待たぬならいなり」――人間は、吐いた息が再び入る保証もない身を生きている、という意味です。
今年も桜の季節がやってきました。ちょうど蕾が見え始めたころ、晨朝(朝のお勤め)でこの御文に当たり、この一節がふと心に残りました。
桜の花がこれほどまで人の心を惹きつけるのは、色合いや咲く時期の美しさだけではなく、その「はかなさ」にも理由があるのでしょう。咲くのはほんのわずかな間で、満開も長くは続きません。その短さが、日本人の侘び寂びの心を呼び覚ますのだとも言われます。
そう考えますと、人の一生もまた似ているのかもしれません。長く生きてきたようでも、ふりかえれば「あっという間だった」と感じることがあります。別に人生を終えようとする時でなくとも、自分自身の来し方を思い返せば、ずいぶん遠くまで来たようでいて、実は瞬く間であったという感慨が湧いてきます。
この言葉の前に、蓮如上人はまず、『寺参りに珠数も持たずに来るのはよろしくない』と礼のかたちを大切にする姿勢を示されます。それは〝仏さまを手づかみにしているようなものだ、親鸞聖人は珠数を捨てて仏を拝めとは仰っていない〟と少しお怒りのようにも見える書きぶりです。けれども続いて『阿弥陀さまのお浄土に往生するうえで肝心なのは、珠数そのものではなく、他力の信心である』とも説かれます。この展開・意外性が、私がこの御文に惹かれる理由でもあります。
何ごとも、形は整っているに越したことはありません。しかし、本当に大切なのは形そのものではなく、人生の本質をたずねられているかどうかなのでしょう。
私たちも日々、あれこれ体裁に心を奪われます。でも吐いた息が次に入る保証さえない身です。だから今、ここに生きている瞬間を、大切な人と共に過ごす・過ごした、かけがえのない時間として大切に受けとめたいのです。「はかない」は「計(量)ら・れない」が語源とも言われます。
そこに、「量らない=無量(アミター)※」である阿弥陀さまの世界にふれるご縁があるのかもしれません。桜の季節に出遇った御文の一節を、味わい直してみました。
※阿弥陀様のお名前の由来は古代サンスクリット語「量ることに関しない」、 amita です。なお、「量る」を意味するmita はギリシャ語で metron となり、そののちにmeter つまり度量衡のメートルという言葉になりました。
本願寺第8代・蓮如上人の語録『蓮如上人御一代記聞書』に出てくる言葉です。意訳すれば、【人は調子に乗るとどこまでものぼせ上がり、落としどころを知らぬ】という意味です。
司馬遼太郎さんの随筆に「悪童たちと凡夫」という印象的な話があります。浄土真宗の篤信の家に育った彼は、小学校の時、お姉さんと「法然上人と親鸞聖人のどちらが偉いか」で喧嘩をしたこともあったそうです。
あるとき、中学校の授業で「凡夫」という言葉の意味を先生に聞かれます。司馬さんは教科書どおり、「つまらぬ人」と答えました。先生は「そう、そのとおりや」と言いますが、続けて、「ところで、凡夫とはだれのことや」と尋ねられました。
さて、困りました。「この中に凡夫がいる」「誰のことやろ」と。「ひょっとすると不良化したKのことか」などと想像をめぐらし、また他人を「つまらぬ人」と決めつける気まずさもあって答えられませんでした。
しかし、先生は「おどろくべき正解」を仰います。「凡夫とは、つまりわれわれのことやな」「先生も?」「そう、凡夫や」。先生はこうも続けます。「ところで、日本歴史上の人物の中で、誰が最初に凡夫であると悟られたか」「その人が、日本の歴史の中で、もっとも偉大な発見をした人や」と。
「それは、法然上人と親鸞聖人や」
中学生には難しい課題でしたが、先生もそのことを承知しておられました。「大人になった時、もう一度今のことを思い出して、考え直してごらん。(略)もし大人になってわからなんだら、その人間は一生不幸な人や」と締めくくられたそうです。
凡夫とは他人のことではありません。自分を正しいと思い込み、限界を忘れ、あがり続ける他ならぬ「私」のことです。自分を凡夫と知ることは自己否定ではなく、人間の根本的傲慢を引き受ける姿なのです。
人間の美しさに「努力」があります。しかしそれが自分を頼りきる思いにすり替わるとき、人間は限界を忘れます。あがり続けているつもりで、落ちていることに気づかぬまま、なお自分を頼り続けるのも人間です。
凡夫であることを忘れ、私を超えたはたらきからのよび声「南無阿弥陀仏」を見失うと、本当に「つまらぬ人生」となってしまいます。
いただいて たりて ひとりの はしをおく 〜たねだ さんとうか〜
私たちは、日々の食卓の前で、「これで足りた」と思い、箸を置けているでしょうか。
今月は、大正から昭和の時代を、傘と草鞋で歩き抜いた「漂泊の俳人」種田山頭火(1882-1940)の言葉を紹介します。
彼は、世俗を捨てて旅に出たという優等生的・教科書的なイメージとは異なり、裕福な家庭に生まれながらも、半生を喪失と失意の連続の中で過ごしました。その果てに彼は、「自分自身から家出をする」かのように、孤独な放浪の旅へと踏み出します。晩年、ようやく安住の場を得ますが、その頃にはすでに体調を崩し、死の影が静かに忍び寄っていました。
今月の言葉は、そんな彼が一草庵時代に到達した境地とも言える一句です。ここで彼は「食べる」ではなく「いただく」と言い、さらに「足りて」と添えました。
そのころの彼の食卓は、友人からの差し入れや托鉢で得たお米による、つつましいものでした。旅の初期には、その暮らしを情けないと感じたこともあったそうです。しかし晩年は、次第にそれを「賜ったいのち」と受け止め、感謝の心へとつながっていったといいます。
ただ一方、彼は、裕福な時代の執着からか、極貧の中でも時に酒や煙草と決別できず、また、そんな自分を責め続けてもいました。彼の句には「どうしようもないわたしが歩いてゐる」など、孤独をうたうものも多く見られます。
この句には、「足りて」とあります。それは一汁一菜、あるいは雑炊のような食事であったかもしれません。それでも彼は、「今の私にはこれで充分」と受け止め、静かに箸を置いたのでしょう。ここでの「一人」には、孤独だけではない、確かな充足が感じられます。
さて、いかがでしょう。物価高といわれる一方で、最新の研究では、フードロスは事業者よりも家庭からの排出がわずかに多いと報告されています。さらに、高齢者世帯のロス量は、若年層世帯の約3倍とも言われています(2024–2025年 立命館大学・国立環境研究所共同調査)。
私たちは本当に、「いただいて」「足りて」箸を置けているでしょうか。
山頭火の一句に、しばし立ち止まって耳を傾けてみたいものですね。
ごじんの よにあるや かならずひとつの かんぜんなる りっきゃくち なかるべからず 〜きよさわ まんし〜
新年を迎えての言葉は清沢満之の言葉です。彼は明治時代の哲学者・宗教家で、夏目漱石や正岡子規といった文豪にも強い影響を与えました。何より真宗大谷派の近代教学を世界に開く偉業を成し遂げました。
「吾人」とは「われわれ」の意味です。また「なかるべからず」は、「ないことを否定」つまり、強い肯定の意味があり、「ないなんて許されない」ー すなわち不可欠である、という意味です。よって現代語にするなら『我々が世の中を生きてゆく上で、必ず、一つの完全な「立脚地」が不可欠だ』と言っているのです。
立脚地とは私の居場所・あるいは依りどころのことです。皆さんには「ここが私の居場所だ」と言い切れる場所はありますか。そして、そこは、ずうっと安泰でしょうか。
いやいや、新年早々何を聞いてくれるんだ、とおっしゃるかもしれません。でも、これほど人生における深くて大切な問いかけはありません。それは、ある人にとっては家庭でしょうか。ある方は職場や仲間、あるいは地域社会などを挙げる人もあるかもしれません。
ただしそれらは、私の気持ちに反して姿を変えます。依存すればするほど、私にとって都合の悪い姿へと変わっていきます。ずっと安泰な居場所・依りどころって、もしかするとこの世にはないのかもしれません。なぜなら、お釈迦様は「諸行無常(あらゆる行いは全て常ではない・移ろい変わるものなのだ)」とおっしゃいましたから。
とは言っても、それは虚無感ではありません。この世にあるものにすがって、この世だけを考えているから、また、移りゆく、姿を変えるものにすがっているからこそ、立脚地は定まらないのではないでしょうか。
志賀直哉の「ナイル川の水の一滴」という有名な随筆があります。彼は自分自身を悠久の歴史の流れの中の「水の一滴」とし、そして「その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年遡っても私はいず、何万年経っても再び生まれてはこない」と言います。「しかもなおその私は依然として大河の水の一滴に過ぎない。それで差支えないのだ」とも。彼をしてそこまで立たしめる「立脚地」が、彼にはあったのでしょう。
いかがでしょう。自他ともに一度きりの人生、新たな年のはじめに私の「立脚地」を考えてみませんか。
※2026年・大和大谷別院の1月号にもこの編集版が収録されています。