薬師堂について

薬師如来さんの拝観は「完全予約制」です。ご理解とご協力をお願いいたします。→フォームからお申し込みください。

薬師堂・東光庵について

東光庵(とうこうあん)は、真廣寺飛地境内である「上多良薬師堂」のことです。

昭和50年ごろまで尼寺でしたが、無住になり、現在は真廣寺と上多良区によって維持管理されております。

重要文化財である「薬師如来坐像」を安置してあり、参拝は完全予約制とさせていただいております。よろしくお願いいたします。

薬師堂の濫觴

詳しいことは実はよくわからないのですが、奈良興福寺の末寺を記した『興福寺官務牒疏(1441年)』に、「在多良浜本願寺」と記述があります。付近には、古く筑摩七大寺のひとつ、本願寺と呼ばれる寺院があったと伝えられ、当薬師堂はおそらく興福寺の系譜をひく古刹の名残とも考えられます。慶長5(1600)年の関ヶ原の合戦の際、徳川家康に兵糧を送り戦勝祈願をしたことで諸国勧進を免除されたという文書があります。

収蔵庫には伝教大師(最澄)が作られたという、身の丈4尺の木造薬師如来坐像(国指定重要文化財)が安置されています。

国指定重要文化財「木造薬師如来坐像」について

均整のとれた温和は漆箔(金箔)像で、ふっくらとした優しい伏し目の表情、まろやかな肩の流れなどから、定朝様の藤原仏を感じさせますが、そのどっしりとした体躯からは平安時代末期(12世紀後半)の作品であることがうかがえます。

構造は一木割矧造りと考えられています。左手に薬壺をのせ、右手は施無畏の印を結び、結跏趺坐をしておられる姿は、大変穏やかな様相にあふれています。

薬師さんのむかしばなし

むかしむかし、上多良の薬師如来坐像は霊仙(りょうぜん)の山中にあった霊仙寺の仏様でしたが、その仏様が、毎夜、光を放って琵琶湖の水面を照らしておられたそうです。

漁民は、これでは魚がとれないと、ある日この仏様を山から落としてしまいました。仏様は天の川(あまのがわ=上多良北部を流れる川)を流され、上多良の地、堂田の渕に打ち上げられていたのを村人がこれを拾い上げ、かねてから村にあった古い草庵を補修してそこに安置し奉ったといわれています。

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