常々もうしていますが、人間が真実に触れることはできません。絶対的な無限の世界は、相対的な人間が触れることすら叶わないからです。
でも真実の側からは相対的な人間を見つめ、触れ、そして救おうとされているのだということに釈尊は阿難を通して気づかれたのです。それは釈尊にとっても大きな喜びでした。
今回は、浄土和讃の51です。
前回のさらなる続きです。釈尊のお顔が光り輝くこと(光顔)、その「稀有」な光を見抜いた阿難に、釈尊は大きな喜びを抱かれたのでした。
それというのも、阿難の周囲の先輩方はみな、なんとかして釈尊に近づこうと修行をし、「阿羅漢」という覚りの位を目指していました。阿難は最終的に釈尊が生きておられる間は、阿羅漢の位にはなれませんでした。ですが、今阿難が見えたという釈尊の光・輝きは「真実の光」、阿羅漢の修行が完成しないと遇えないはずの光なのです。覚りも開いていないのに阿難はその光を見たのでした。「救いは修行努力したものにのみ開かれる」という、それまでの釈尊の教えや諸先輩の努力を「飛び越えた」のです。
さて、親鸞聖人の主著・教行信証(正式名称「顕浄土真実教行証文類」)は、内容が濃く、そして長い書物ですが、その冒頭の「教巻」はとても短く、さらに教巻ではこのシーンのみが、異訳を交えて繰り返し紹介されています。そこから伺えることは、「覚りからは、ほど遠い人でも、真実の側から承認を受けることがある」ということです。
繰り返しになりますが、阿難はこの後も釈尊の存命中、覚りに至ることはありませんでした。お経の全てを暗記していたにもかかわらず、です。これは、以前にもお伝えした通り「レコーダーは聞法をしない」ということです。言葉をただたくさん覚えただけでは、本当の意味で言葉に出遇ったとは言えないのです。現代は多くの知識を持つ人をすぐれた人と見なす傾向がありますが、仏教の教えはそうした人ほど、「たくさんの情報に溺れ、本質を見誤りがちな危うさ」を見抜きます。
だからと言って勉強を否定するわけではありません。知識はいつの時代もとても大切です。ただ、知識が多いと選択肢も増え、かえって惑うということもある、ということです。
さて、阿難に起きたこの出来事、「恵見」は、知識や努力の量によらずとも「真実に触れられる接点」が存在することを意味します。残念ながら、阿難にはその理由はわかりません。しかしそればかりか、全てを見通せるはずの釈尊にとっても驚きの発見でした。だから「問斯恵義」=よくぞあなたが目にした輝きの意味を問うてくれたと絶賛されます。
そしてこのあと、釈尊は「時は来た」とばかりに大寂定という瞑想状態に入り、お話を始められます。「真実の教え・仏説無量寿経」が開かれる瞬間です。
親鸞聖人は、現実に迷い、苦しむことがあっても、「真実の側から、あなたを見守り続ける目」があることを、ここから受けとめられました。阿難は「自分ではわからなくとも、真実の側から接点を持たれるという経験をした」のです。お釈迦さまは阿難に起きたこれらの出来事から、「真実の世界は、常に不完全な人間を救おうとしているのだ、というダイナミックな働きに気づかれます。
こうして後の人類に向けた、「真実からの承認」の「接点」が説かれます。それが「お念仏」です。
(翫湖堂・2022年4月号所収・web用に再編集)