2026年8月掲示板、更新しました・またも遅くなりました。ごめんなさい。-The bulletin board has been updated. Sorry for the delay. (2026年8月12日)
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「天命に安んじて人事を尽くす」。一見、「逆じゃないか」とお叱りを受けそうな言葉です。有名な諺なら「人事を尽くして天命を待つ」です。はい、わかっております。
この言葉は明治時代、正岡子規や夏目漱石などの文化人にも多大な影響を与えた真宗大谷派の僧侶にして、初代大谷大学学長・清沢満之(きよさわ まんし)の言葉です。
原文は南宋時代の儒学者・胡寅(こいん)の「読史管見(とくしかんけん)」に由来します。人間ができることを全て尽くし、あとは天命に任せる、という解釈です。
興味深いことに、この言葉は原文の「盡人事聽天命」から引かれますが、ここは「待つ」ではなく、「聴く」と書いて「まかす」と読むのです。古代中国の「天命」とは、人間を超えた天の意思です。そこには、天の声を聴き、そのはたらきに身をまかせるという響きがあります。
そう考えると、「人事を尽くして天命を待つ」という日本の諺は、少し傲慢に聞こえます。「俺はやるだけやった。あとは天次第」と、自分の努力と天のはたらきを天秤にかけているようにも見えるからです。
浄土真宗に生きる私たちにとって、人間を超えたはたらきとは、阿弥陀如来の本願です。如来の智慧を自分の物差しで疑い、量ろうとすることは、「仏智不思議の疑惑」として厳しく戒められてきました。ただし阿弥陀さまは、疑う私に罰を与える仏ではありません。背を向ける私をも見捨てず、気づくまで待ち、見守り続けてくださる仏さまです。
だからこそ「天命に安んじて人事を尽くす」なのです。すでに如来に見守られているのだから、安んじて人事を尽くさせていただく--- 清沢満之の言葉の方がより原文に近く、しっくりくるのではないでしょうか。
ところで昨今、「させていただく」という言葉は、へりくだりすぎて不自然だ、という批判を耳にします。一方、司馬遼太郎は『街道をゆく24』の中で、この言葉の背景に浄土真宗の他力信仰を見いだしました。自分の力だけで生きているのではなく、「生かしていただいている」という感覚から生まれた言葉だというのです。
「天まで私に配慮せよ」と要求するのではなく、私を超えたはたらきに耳を澄まし、安んじて、なすべきことをなす。阿弥陀さまとともに歩む、豊かな人生のはじまりです。
修正会・元旦(しゅしょうえ)…1月1日除夜の鐘終了後
修正会2日目(しゅしょうえ)…1月2日 午前8時より
春季永代経 … 3月15日(日)午前午後(9:30〜/14:00〜)
他所経常費集金 … 7月12日(日)住職と役員でお邪魔します
境内葉刈作業 … 7月26日 (日)
秋季永代経 … 10月11日(日)午前午後(9:30〜/14:00〜)
報恩講 … 12月4日(金)〜12月6日(日)
4日夜 → 子ども報恩講
5日夕 → 御傳鈔拝読(法話後)
6日午後 → 門徒総会
除夜の鐘…12月31日 (木)午後11時より(引続き修正会)
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