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2026年2月掲示板、更新しました(2026年2月1日)
年末年始にかけて公開していました未公開分の原稿を全て公開しました(2026年1月25日)
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2026年もお年賀を賜りありがとうございました(2026年1月5日)
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しんこうじだより(旧翫湖堂だより)のバックナンバーを更新しました(2025年12月27日)
まことにもって にんげんは いずるいきは いるをまたぬ ならい なり 〜れんにょしょうにん〜
本願寺第八代・蓮如上人のお手紙『御文(おふみ・御文章)』2帖目5通「珠数(じゅず)」に出てくる言葉です。
「まことにもって人間は、出ずる息は入るを待たぬならいなり」――人間は、吐いた息が再び入る保証もない身を生きている、という意味です。
今年も桜の季節がやってきました。ちょうど蕾が見え始めたころ、晨朝(じんじょうー朝のお勤め)でこの御文に当たり、この一節がふと心に残りました。
桜の花がこれほどまで人の心を惹きつけるのは、色合いや咲く時期の美しさだけではなく、その「はかなさ」にも理由があるのでしょう。咲くのはほんのわずかな間で、満開も長くは続きません。その短さが、日本人の侘び寂びの心を呼び覚ますのだとも言われます。
そう考えますと、人の一生もまた似ているのかもしれません。長く生きてきたようでも、ふりかえれば「あっという間だった」と感じることがあります。別に人生を終えようとする時でなくとも、自分自身の来し方を思い返せば、ずいぶん遠くまで来たようでいて、実は瞬く間であったという感慨が湧いてきます。
この言葉の前に、蓮如上人はまず、『寺参りに珠数も持たずに来るのはよろしくない』と礼のかたちを大切にする姿勢を示されます。それは〝仏さまを手づかみにしているようなものだ、親鸞聖人は珠数を捨てて仏を拝めとは仰っていない〟と少しお怒りのようにも見える書きぶりです。けれども続いて『阿弥陀さまのお浄土に往生するうえで肝心なのは、珠数そのものではなく、他力の信心である』とも説かれます。この展開・意外性が、私がこの御文に惹かれる理由でもあります。
何ごとも、形は整っているに越したことはありません。しかし、本当に大切なのは形そのものではなく、人生の本質をたずねられているかどうかなのでしょう。
私たちも日々、あれこれ体裁に心を奪われます。でも吐いた息が次に入る保証さえない身です。だから今、ここに生きている瞬間を、大切な人と共に過ごす・過ごした、かけがえのない時間として大切に受けとめたいのです。「はかない」は「計(量)ら・れない」が語源とも言われます。
そこに、「量らない=無量(アミター)※」である阿弥陀さまの世界にふれるご縁があるのかもしれません。桜の季節に出遇った御文の一節を、味わい直してみました。
※阿弥陀様のお名前の由来は古代サンスクリット語「量ることに関しない」、 amita です。なお、「量る」を意味するmita はギリシャ語で metron となり、そののちにmeter つまり度量衡のメートルという言葉になりました。
修正会・元旦(しゅしょうえ)…1月1日除夜の鐘終了後
修正会2日目(しゅしょうえ)…1月2日 午前8時より
春季永代経 … 3月15日(日)午前午後(9:30〜/14:00〜)
他所経常費集金 … 7月12日(日)住職と役員でお邪魔します
境内葉刈作業 … 7月26日 (日)
秋季永代経 … 10月11日(日)午前午後(9:30〜/14:00〜)
報恩講 … 12月4日(金)〜12月6日(日)
4日夜 → 子ども報恩講
5日夕 → 御傳鈔拝読(法話後)
6日午後 → 門徒総会
除夜の鐘…12月31日 (木)午後11時より(引続き修正会)
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